About

yoin coffee lab._ は、40年に渡る科学的な研究に基づいた「冷めても美味しい」「最後のひとくちまで美味しい」「豊かな時間とその余韻を味わえる」コーヒーをお届けします。

せっかく淹れたコーヒーが、時間の経過とともに残念な味になってしまったことはないでしょうか?

友人との楽しい会食、読書や音楽鑑賞、創造的な時間の傍にコーヒーがあると、それはより豊かなものになります。
でも、その豊かな時間の後に、取り残されたコーヒーの最後のひとくちは苦いだけ、酸っぱいだけで義務として飲み干した経験はありませんか?

yoin coffee lab._ は、楽しい、豊かな時間に寄り添い、最後のひとくちがその余韻を深めるためのコーヒーを提供したいと考えています。

そのために、厳選した豆、最適な温度と時間での焙煎、フレッシュな状態でお届けするためのパッキング、科学的に裏打ちされたドリップ方法の提案まで、徹底的にこだわり研究した結果をお届けします。

 

監修者:纏居 豊(まとい ゆたか) のご紹介

1 杯の珈琲に魂を売った男の物語 ── 纏居 豊の珈琲人生


■ 8 歳の神童、蝶ネクタイの聖域へ

すべては、私がまだ 8 歳の休日に始まりました。

珈琲好きの父に連れられて足を踏み入れたのは、うっすらと煙草の煙が揺れる、どこか厳かな珈琲専門店。

席に着くとまず、小さな陶器のミルクピッチャーに入った炭酸水が出される──それがその店の流儀でした。

目の前に立つマスターは、糊のきいた白シャツに黒い蝶ネクタイ。 無言のままサイフォンをセットし、専用のヘラで粉をササッと鮮やかに混ぜ合わせたかと思うと、素早く火を調節する。

完全沸騰したお湯がトクトクと上に上がり、やがて漆黒の液体となってフィルターを通り、下へと降りてくる……。

子どもながらに、その見たこともない不思議な実験のような仕組みに目を見張り、息を呑みました。

「これが、モカマタリ。こっちがマンデリンだ」

父の言葉を聞きながら口にした漆黒の液体。産地によって全く異なる表情を見せるその味に、私の心は完全に奪われました。

8 歳にして珈琲専門店に毎週のように通い、豆の違いを意識していた人間は、当時も今もそうはいないはずです。私の狂おしくも楽しい「珈琲人生」の幕は、こうして鮮烈に上がりました。


■ 深夜の実験室と、18 歳で出会った「珈琲の生字引」

学生時代、私が没頭したのは勉強ではなく、生きものの飼育手引き書を真夜中まで読み漁ることでした。その傍らにいつもいたのが、濃いインスタント珈琲です。

幼少期からブラック(ストレート)で飲むことが当たり前だった私にとって、それはジュースを飲むのと変わりません。しかし、常にストレートで飲み続けたことで、思わぬ能力が養われました。 瓶を開けた瞬間の瑞々しい香りと、月日が経って酸化していく味の変化。メーカーや銘柄ごとの微細な輪郭の違い。

五感が研ぎ澄まされていくこの深夜の「味覚トレーニング」が、提供する側となった今の私の大きな財産となっています。

そして 18 歳、私の珈琲人生を爆発的に加速させる「最大の転機」が訪れます。 大学の同期であり、度を越した珈琲マニアだった親友・K 君との出会いです。

「豊、行くぞ」

彼の合図で始まる都内珈琲店巡りは、凄まじいものでした。最も多い日は 1 日に 9 店舗をはしごし、それが週に 4 回。当時の東京の指折りの名店は、すべて彼に叩き込まれました。

日本の珈琲専門店ブームの火付け役となった銀座『トロワ・バグ』から若き技術者たちが独立していった系譜。主要店の店長の性格や年齢。果ては、神戸にある焙煎会社の経営分裂や技術者の独立裏話まで……。 

さらに、彼が毎週必ず通う吉祥寺の『M 珈琲店』の奥深い世界、広尾や渋谷、下北沢にあった伝説の名店たち(中には「渋谷のあのお店は、珍しい左利きの女性店長がドリップする」といった、店長の細かな癖まで!)のディテールを、私はリアルタイムの講義として浴び続けたのです。

珈琲は、ただの飲み物ではない。扱う「人」の思想そのものが映し出される鏡なのだと、彼らから直接教わりました。


■ 昼は純粋なる探求、夜は「一級のサービス」を極める

18 歳の終わり、私はもう一つの最前線に身を投じます。 当時、首都圏にチェーン展開を始めたばかりの初期の「ジョナサン」狛江店(27 号店)のオープニングスタッフとしてのアルバイトです。

今では当たり前の「ドリンクバー」や「セルフサービス」など影も形もない時代。お客様が席を動くこと自体が存在せず、フロアクルーが客席サービスのすべてを請け負い、その質を各社が競い合っていた時代です。

当時の初期ジョナサンは、アメリカンスタイルを取り入れたワンランク上の高級ファミレスを目指していました。そのため、先輩社員から叩き込まれたテーブルサービスは超一流。そこで私は 3 年間、徹底的におもてなしの神髄を身体に染み込ませました。後にお店で「ベストクルー賞(フロア・ウェイター部門)金賞」をいただくことになるほど、そのサービスを追求し尽くしたのです。

昼はマニアックな専門店で珈琲の味と多様性を学び、夜は最前線のフロアで極上のサービスを追求する。 18 歳の私は、文字通り「珈琲とサービス」の海にどっぷりと浸かっていました。


■ 水の科学と、驚きから生まれた「私だけのベストレシピ」

社会人になってから、私の歩みはさらに独自の方向へと進化します。 環境に関わる仕事に就き、水質分析を行う機会に恵まれた私は、ある決定的な事実に気づきました。

「酸性かアルカリ性か、硬水か軟水か、水質によって珈琲の風味は劇的に変わる」この科学的なアプローチを組み合わせた私の珈琲技術セミナーは「個性的で面白い!」と評判になり、定期的に講師を頼まれるようになりました。

セミナーをやるからには、目の前のお客様に「今まで飲んだことがないほど美味しい珈琲」を体験してもらい、腰を抜かすほど驚いてもらいたい。その一心で、私は珈琲豆の提供会社へと通い詰め、豆のポテンシャルを 120%引き出すための「焼き加減(焙煎)」を狂気的なまでに突き詰め始めました。

すべては、来場者の笑顔と驚く顔が見たいから。 世界各国のあらゆる豆に対して、水質との相性まで計算に入れた「自分なりのベストの焼き方(レシピ)」がカチリと定まったとき、それは単なる趣味を超えました。

「纏居さんの焼いた豆を、分けてくれないか」身近な知人やセミナー受講生からのその一言。それこそが、私が珈琲の会社を立ち上げる決定的な引き金となったのです。


■ 冷めてもエグみがない、珠玉の 1 杯をあなたに

8 歳のあの日、サイフォンを見つめていた少年は、数々の名店の歴史を浴び、トップクラスのサービスを学び、そして「水の科学と焙煎の物理」を研究する開発者へと至りました。

私が開発したレギュラーコーヒーは、嫌なエグみが一切なく、驚くことに「冷めてから」さらに甘みと旨みが引き立ちます。

ただ豆を売るのではない。あなたがその 1 杯を口にした瞬間、かつて私が 8 歳で体験したような、あの目の前がパッと開けるような驚きと感動を届けたい。そのために、私は今日も豆を厳選し、科学し、魂を込めて焙煎しています。


【プロフィール】

纏居 豊(まとい ゆたか) 

東京都出身。合同会社カフェインフォ・代表。 「コーヒーショップ・ジョナサン」ベストクルー賞(フロア・ウェイター部門)金賞受賞者。

珈琲豆の焙煎や水の科学を組み合わせたドリップ抽出の物理を研究。エグ味がなく冷めても美味しいレギュラーコーヒー開発者。また珈琲の抽出技術について専門的な指導を行っており、2015 年より「cafeinfo.jp/珠玉の珈琲技術」を主宰。


[主な指導・活動歴]

• Cafe Fuze(東京・三軒茶屋)月例珈琲セミナー講師(2018)

• Ami du Vin(ワインバー/東京・六本木)珈琲指導

• 信州高山村観光協会 珈琲セミナー(2022)

• 一棟貸し宿「白藤」(長野県須坂市)珈琲指導(2022)

• 古民家カフェ猪之鼻庭(神奈川県横浜市)珈琲指導(2023)


[メディア出演歴] 

TBS「ニュース 23」、TBS ラジオ「全国子ども電話相談室」「秋山豊寛の 21 世紀事典」、日本テレビ「報道特捜プロジェクト」、NHK「週刊こどもニュース」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」ほか多数。